織田信長に関する面白い話

織田信長といえば、それまでの価値観に縛られることなく超合理主義の判断を下し、気性が荒い印象があり、新しいモノ好きでもあったようです。

ワインやカステラ、パンといった食べ物を日本人として初めて食べたともいわれ、戦国時代でも宣教師などを通じて外国にも接触していたことが窺われます。

織田信長にまつわる逸話の数々をみれば、冷酷な判断と処罰をする一方で、周囲への情に厚い一面も持つ人物であることがわかります。

気性の荒い超合理主義者で、新しいモノ好きの織田信長に残された面白い話をいくつか紹介します。

織田信長による治安維持?

織田信長が天下布武を掲げ、天下統一を目指していたことは有名ですが、その一方で自分の軍の規律は厳しく、偉かろうと一兵卒であろうと、狼藉を働いたものには容赦なく成敗していました。

戦国時代の軍勢において、規律や狼藉に対する処罰などは存在せず、織田信長の軍勢がいかに秩序を重んじていたがわかり、その怖さは京に上洛して以降の治安が良くなったといわれるほどに影響しています。

織田信長の気性の荒さゆえの粗暴さは、尾張を統一していく過程と共に一般庶民に向けたものではなく、自軍の統率に使われ、その結果、庶民の安全が守られる効果があったようです。

しかも、浅井長政に嫁いだお市とその娘たちに対する罪悪感からか、浅井家を滅ぼした後に殺すことなく戻ってくることを認め、お市の方の再婚を急ぐこともなく、冷酷な武将ではない兄の面をみせ、織田信長の人間味を感じさせる面白い話として残っています。

織田信長の好奇心の強さから?

織田信長は好奇心が旺盛であったことは、当時には珍しい鉄砲を導入したり、外国人宣教師らとも付き合ったりと、外国への興味を持っていたことがわかります。

しかも、彼の好奇心は、自分の目で見て、耳で聞いて確認することで納得しようとする見識があり、外国人宣教師らが紹介するワインやカステラ、パンといった食べ物を初めて食したとされる逸話も残っています。

ポルトガルからの宣教師が連れてきた黒人の奴隷がいるという噂を聞きつけた織田信長は、直接見てみたくて呼びつけ、その肌の黒さが墨を塗ったものではないかと疑い、裸にして洗わせたという面白い話も残っています。

織田信長の当時としては珍しい好奇心の強さと超合理主義の思考と気性の荒さが、さまざまに面白い話となっているようです。

現代でも人気がある織田信長の魅力は?

現代でも人気がある戦国武将の一人、織田信長は、彼のもつ独創的な発想とカリスマ性を感じさせるリーダー像が人気の秘密ともいえ、さまざまな面白い話が残されていることにも起因しています。

戦国武将としての武功を持ちながら、古いしきたりに固執せず新しい道具や人とのコミュニケーションの取り方には、同時期の武将とは異なっていたと考えられます。

今でも通用する要素のいくつかをもつリーダー像を、織田信長は独自に編み出し、結果的にその人柄と気性の荒さによって家臣を従えていたと思われます。

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