織田信長が残した名言や口癖は?

歴史に名を残した人物には、数々の名言を残しており、人それぞれの口癖なども残されています。

特に戦国時代の武将は、日々命の危険にさらされていたためか、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった英傑たちの言葉が多くの伝えられています。

織田信長を身近に見ていた家臣の太田牛一が記した「信長公記」や、ポルトガル人宣教師のルイス・フロイトの書簡などにも、織田信長の口癖や言動が記されています。

現代でも人気がある戦国武将の織田信長の口癖や名言などを紹介します。

織田信長の口癖には、どんなものがある?

人には誰しもいくつかの口癖があり、戦国時代の織田信長の口癖も、身近で見ていた家臣の太田牛一が「信長公記」に記しています。

織田信長には、「であるか」と「是非に及ばず」または、「是非も無し」といった言葉が口癖であったと「信長公記」とルイス・フロイトの書簡に共通して記述されています。

「であるか」という口癖は、「そうであるか、わかった」といった意味と解釈でき、織田信長を描いたドラマや映画で、さまざまな武将たちと話すシーンに多用されることも多く、信長を印象付ける言葉としても利用されています。

また、「是非に及ばず」と言う口癖には、「仕方がない」といったニュアンスがありますが、織田信長が使った状況から判断すれば、「ジタバタしても仕方がないからやるだけやれ」といった意味で使っていたと考えられます。

いずれの口癖も、歴史上の史料からドラマや映画の織田信長を特徴付けるセリフとして利用されたために、印象付けられているのかもしれません。

織田信長が残した名言は?

織田信長の気性の荒さを示すかのように、「鳴かぬなら 殺してしまえ ほととぎす」といった句が残されており、数々の名言も残しています。

それまでの曖昧な慣習やしきたりなどを嫌い、合理主義者だったといわれる織田信長の人物を表すかのような名言に、次のようなものがあります。

「人を用ふるの者は、脳否を択ぶべし、何ぞ新古を論ぜん。」といった秀吉や明智光秀を採用した裏付けともいえる言葉があります。

また、織田信長が大軍を少数の軍勢で破った戦い方を表したような「攻撃を一点に集約せよ、無駄なことはするな。」といった言葉も残されています。

そのほかにも、多くの名言や言葉が残されていますが、いずれも、織田信長という武将が戦国時代を生き抜くうえで自らが構築した考え方や生き方をあらわしています。

織田信長の口癖にみられる特徴

織田信長の口癖には、「であるか」とか「是非に及ばず」といったものがあり、それぞれの言葉には、「そうであるか」「仕方がない」といった意味が解釈できます。

しかしながら、彼の口癖の使われ方をみると、現状を冷静に受け入れ、ジタバタしても仕方がないから、どうにかしてやるだけのことをやろうという前向きな姿勢の使い方がされています。

これらの口癖からも、当時としては珍しい超合理主義な現実主義の人物像が想像できます。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする