織田信秀の嫡男として生まれ、室町幕府を滅亡させた戦国武将の三英傑の一人である織田信長は、現在の愛知県である尾張国を中心に織田政権を確立しています。
織田信長のゆかりの地には、名古屋、清須、小牧といった愛知県や岐阜、京都など、史実に関連した場所としてあげられます。
特に、織田家の家督争いから尾張の国を統一するまでに約8年をかけ、その後の天下統一に向けて拠点としていた現在の岐阜城は、織田信長が井之口と呼ばれていた場所を岐阜と改名していることからも、愛知と岐阜は織田信長と関係の深い場所です。
織田信長とゆかりのある愛知や岐阜をめぐるオススメの観光スポットなどを紹介します。
織田信長にゆかりのある愛知での観光スポットには?
織田信長にゆかりのある愛知での観光スポットには、信長が2歳から城主を務めた那古野城、信長の父信秀の葬儀に湯帷子で馬に乗って現れ、位牌に抹香を投げつけたといわれる万松寺、桶狭間の戦いの勝利祈願をした日置神社、元服した古渡城跡の東別院、桶狭間の戦いでの大勝御礼に寄贈した信長塀がある熱田神宮、「大蛇が出た」という噂を聞いた信長が飛び込んだといわれる蛇池などがあります。
歴史の転換点となった桶狭間の戦いに関連する観光地として、善照寺砦公園、中島砦跡、長福寺、桶狭間古戦場公園、高徳院などがあります。
桶狭間への出陣をした清洲城、日吉神社、榎白山神社といった場所も、織田信長が戦国武将として知名度を高めたゆかりのある場所があります。
桶狭間の戦いに勝利した後、清須から居城を移した小牧にも、織田信長の足跡を辿ることができる場所があり、それぞれの場所にゆかりの地があります。
織田信長に関する岐阜での観光地は?
織田信長が金華山の頂上に位置する稲葉山城を制し、井之口と呼ばれていた地名を「岐阜」に改名したことで、稲葉山城も岐阜城と変わっています。
織田信長と岐阜の関係の深さは、現在のJR岐阜駅の二階改札を出て、北口に出ると駅前広場には8メートルの台座の上に立つ全身金箔をまとった織田信長の像が出迎えてくれることにも現れています。
織田信長の黄金の像は、岐阜市政120周年を記念して市民の寄付によって建造されており、右手には鉄砲、左手には西洋兜を持ち、マントを羽織っています。
織田信長と岐阜のゆかりの地としての観光地は、岐阜城をはじめとして、本能寺の変で最後を迎えた信長の菩提寺として岐阜にも崇福寺があります。
織田信長が戦国武将として拠点とした愛知と岐阜
織田信長が戦国武将として、尾張国の統一から天下統一を目指して拠点とした現在の愛知や岐阜には、ゆかりの地がさまざまに残されています。
歴史の転換点となった場所には、石碑や当時を偲ばせる情景が今も残っており、本能寺の変で無念の最期を迎えた信長の菩提寺は、各地に点在しています。
織田信長が、戦国武将として桶狭間の戦いを境に激変した人生を過ごした那古野城周辺、清須の周辺、小牧といった場所には、愛知での観光スポットが点在しています。
また、岐阜にも、JR駅前にある織田信長の黄金の像をはじめ、岐阜城や菩提寺などの観光地があります。